住職のブログ

夏だからこそ、やってほしい健康法

2020/08/18 15:29
皆さまこんにちは。毎日暑いですね。
ちょっと動くだけでも大量の汗が!

脱水症状と熱中症には十分お気をつけくださいませ。

さて、私は一度強烈な通風を経験しています。
話には聞いていた半端ない足の激痛。
立ち上がれない。立っても杖なしでは歩けない。

またこの時期は便秘にもなりやすいですよね。

この2つの症状に共通するもの、それは「水不足」です。
体内の水分が足りないことで引き起こされます。

心配な方に是非ぜひやっていただきたいこと。
朝起きてすぐ「白湯」をコップ一杯飲んでください。
「水」でもいいですが、水なら「常温」で。

冷たい水は身体を冷やしてしまうため、冷えた場所に血液ぐ集まることで
体調不良の原因になるそうですよ。
夏場は極力、体温を下げすぎないようにする。
体温に近い飲み物を飲むことで体調不良を防ぐことができる。

こまめに水分補給することで体調管理することができて、熱中症予防にも
なりますから是非実践してみてください。

便秘に悩んでいる方に水以外で食べると良いものを紹介。
「バナナ」と「納豆」のコンビは半端なく最強!

朝バナナ、夜バナナ。
朝納豆、夜納豆。
一回でもかなりいい感じ。

納豆に私は朝はエクストラバージンオイルを入れ、夜は黒酢を入れている。
就寝中は「血栓」ができやすいため予防になります。
また大きなバナナ一本サイズの便が(笑)
流れないこともある(爆笑)

ためしてくださいね。

また外出時には必ず帽子が傘をさして歩きたいものです。
過度な紫外線を浴びるのは体調不良になります。
熱中症対策にも大事ですよ。

新型コロナウィルス感染だけ気をつけていても夏対策を怠りますと
いけませんよ。油断は禁物です。

どうぞ夏本番を満喫しながらも体調管理にも気をつけて過ごして
いただくよう願っていますよ。

ご参考になれば幸甚です。

称名、、、南無阿弥陀仏

 

お布施はお気持ちで、、、は不親切。

2020/08/14 23:20
盂蘭盆参りで夏の師走ですね。
毎日猛暑とゲリラ豪雨で大変ですが皆さま不要不急お忘れじゃない?
自己都合をあまりに優先していますとまた恐怖の緊急事態宣言が出ますよ?

もうそんなに給付金などもらえないですよ。

一度経験したのですから学習したいものですが、当たり前の大渋滞には驚いています。
無茶な運転であちこち悲惨な事故でこれまた大渋滞。

ハイブリッド車は速いから危ないですよ。
自動ブレーキ装着車にしませんか⁈
僕は自動ブレーキ装着車にしていますよ。

さて、施主の方から良く質問される[お布施]
「幾らすればいい⁈」
「お布施は料金ではないのでお気持ちで、、、。」

よくある会話です。
しかし実際には、500円でお坊さんは絶句し、1000円でため息。
それならせめて「幾らくらいが多いですよ。上下はありますが。」
とくらい言ってあげたら親切だと思います。

本音と建前でお坊さんも人間(欲)ですから泣き笑い。
初めて仏縁を結ぶ方にはきちんと説明して納得する金額をお願いしたらいいと思う。

僧侶派遣は大抵、初回は安く、二度目から段々高くなる。
だから一見さんが多くなる。一見良さそうだが結局、お坊さんとの信頼関係はないまま。
また実力差も半端なくタイミングが合えばいいがそうならないことが多い。

大事な仏事ですから安心して臨みたいものです。
ただお経を読んでもらえればいい、、、?
参考書から引っ張ってきた訳わからない難しい言葉ばかり。
長いから足が痛くて話を聞いている場合じゃない。

仏教の教えはそんな苦しくて辛いものではありませんよ。
人間の論理を遥かに超越した、自我が崩壊され柔らかくなれる道。
お坊さんの勝手な都合に振り回されるなんてそろそろ辞めないですか?
ありがたいで済ませているんじゃなくていかに私がアテにならない生き方なのか
どれだけ自分勝手に生きているのか。
仏さまに背を向け、得することばかりを望みお願いすることにしか徹することがない。
こんなあべこべは真実なる仏さまには通用しない。

盂蘭盆=ウランバナ=倒縣の苦しみ

そんな笑えることではない。人間の知恵を越える苦しみ。
地獄とは痛みがずっと続きます。許してもらえないし、聞いてももらえない。
生前に私(自分)がしたことの報いだから。
死んで地獄に行く私で安心できるのですか?
他人事じゃないよ。明日の自分なんだよ。
施餓鬼=地獄では全てが火に変わり食べることも飲むこともできない。

死にさえすれば勝手に阿弥陀さまが救ってくれる⁈
そんな身勝手な救いなどありませんよ。
阿弥陀さまのご本願(願い)を知らなくてはいけません。

きちんとした仏教の教えを聞く私にならなくては私も先祖もラクにはならない。
おいわれを聞いてみませんか?

普段からお坊さんとお付き合いさえしていればお布施はお気持ちでの真の意味がわかるはず。

今日とも明日とも知れぬ我が命だからこそ、今聞いて安心したいものですね。

貴方のご先祖は今どこに⁈
地獄?天国?墓の中??
それとも、、、。
自信持って答えられる貴方になって欲しい。
それこそが貴方のご先祖が願っておられることだと思いますよ。

 

法名、戒名は死者の名前ではありませんよ

2020/08/03 17:57
残暑お見舞い申し上げてあげます。
長い梅雨雨がようやく明け皆さまの憂鬱さが耳に痛かったです。
さて、いよいよ皆さまのお待ちかねの猛暑ですよ。
もう文句を言わずに謳歌してくださいね。
ただ今年は新型コロナウイルス感染拡大という未曾有の疫病がセットであります。

日々発表されている新規感染者数は全てではありません。
実際にはその数倍が感染していることをお忘れなきよう。
埼玉県ではたった1400床しか確保されていません。
持病をお持ちの方は油断などしては命取りになってしまうので安易にマスクを
外すことなどないように。特にお仲間と同じ部屋でいる時は熱くてもダメですよ。
命に危険があなたを容赦なく襲いかかります。
彼らも生き残るために必死だから人間の都合などお構いなしですよ。

GO TOキャンペーンなどに浮かれているようじゃいけません。
感染症をあまり簡単に考えてはなりません。甘すぎます。あま〜い!

さて昨今の葬儀で感じることですが無宗教化の中、俗名(本名)で出されたり墓誌にも本名が彫られている。
でも実際にはそれぞれ仏教のご縁をいただいています。
そこで改めて法名、戒名とはどういう意味かをご紹介します。

法名ですが、法名に「釈」字が入るのは死者の名前ではないからです。
お釈迦さまのお弟子に加えていただいたこと。仏弟子の意味です。
お釈迦さまのお話、仏法を聞いて生きていくための僧名です。これは戒名でも死者をお坊さんとして送る為のもの。
「戒名」とは戒律を守りながら修行の道(さとりを求める)意味です。
つまりは仏法も聞かず修行もしない人がつけるなではないのですね。
じゃあ俗名でいいじゃないかと言われそうですが、ここからが大切ですよ。
そもそも私たちがなぜ修行をするかといえば死んだだけで良いところへ生まれることはできないからです。
地獄行きの私です。地獄行きは別称(自業苦)とも言います。私のした悪業、悪行により自ら報いを受ける場所です。
どんなものがあるかといえば、「嘘をつかない」「殺さない」「盗まない」「男女の痴行をしない」「お酒を飲まない」
最低限これくらいは慎まねば救われないと説かれています。
1つでも該当する人は地獄行きの種を撒いていますよ。そんなに甘くはないのよ。手を合わせておけばなど意味はない。
悔い改めることがなくば自らのしたことで自らが苦しむことになるのです。だから自業苦なの。

お盆に地獄から帰ってくるのはこのような所業をして生きた結果です。
でも人間は自分勝手に考えています。だから死ねば仏などと勝手な言葉も作ってしまう。
死ねば地獄(自業苦)なのに。そのようなことで特別にお金(財施)をして長く文字数の多い戒名を付けて供養する。
そもそも在家、修行もしない地獄行きの種ばかりを撒く人を極楽へ仏様にとの思いが今日の状況です。

前置きが長くなりましたが、仏弟子の名前が本来の意味だとはわかっていただけたでしょうか。
まず戒名は、院号道号戒名位号で構成されています。○○院○○○○居士(例)
戒律を授けられた人の意味です。先にご紹介した5つの戒めを守って旅立つ方が師匠(たぶん住職)に戒を授けられ
「あなたは正式に私たち僧侶の仲間です」と送り出してもらう。これが修行の道の仏教ですね。

お坊さんとして死後の世界につけるお坊さんとしても正式名が戒名。普段呼ぶ名が道号です。
位号は基本が「信士、信女」普通の檀家さん。よく仏教を信仰した人の意味です。
中にはお寺に特別な寄付をしてくれた人もいますよね。スーパー檀家さんの意味で「居士、大姉」を付けます。
居士の語源は家に居る人、労働をしないで家にいて仏教や学問に勤める人ですから昔にそういう人はお金持ちな人のことでしょう。
豊かで立派な人=そのためお布施もスーパーになるようですね。
そして院号は居士よりはるかにずっと上の扱いです。院=お寺。「立派なお寺を一軒建てたくらいの功績のあった人」の意味。
スーパーグレードです。人間の見栄も介在するでしょうし、真摯に社会に貢献した人に贈るためにもなるようです。
長く戒名を付けたからと言って良いところへ行けるというのは大きな間違いですから気をつけてください。

その点、法名は仏弟子の意味を基本にしますから死後につけるものではありません。原則ですが生前授与なものです。
仏法を聞いて生きていくために言葉の意味を大切にしながらお念仏を聞く人になることが大切ですね。
俗名、本名で行うことは大切な人を死者として弔うことで死後も苦悩のままに身を置かせ残された私も命の行方を知らずに生きていくことになりがちです。それよりも死者を仏様として拝んでいくとこそ阿弥陀如来の慈悲心を知る良い機会となるように思います。

高い!とか文句を言う人や文句を言う人は本来の意味を無視して自分の都合で仏様のお救いを解釈する愚か者です。
そのような批判があればこそ、平等な他力のお救いが完成され今まさに私に届けられているのでしょうね。
見栄に行くことはやめて、誰もが隔てなく救われていく道を明らかにしてくださった先人を訪ねていく機会を持ってみませんか?

普段からのお寺さんとの付き合いがいかに大切であるか考えてみたいものです。
僕は大歓迎です。

 
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